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おとなの「宿題」

6年生の息子が言いました。

「かあちゃん、あのね。」

「僕、学校の勉強の中で理科が今いちばん好きだし、

自分でもよくわかると思ってるんだけどね・・・。」

めずらしく真剣な表情です。

「ぼくは、まだまだなんだって。」

彼の説明によると、学校の先生から「世界規模の順位で考えたら

出来るひとは上にいくらでもいる・・。」という事を聞いたのだとか。

 

ふだん塾にも行かない息子は競争を知りません。

理科のお勉強にしても、自分で思いついた疑問を

遊びや好奇心の延長としてうちの台所で実験を楽しむような

ユニークかつマイペースなひとです。 

どうやら彼にとって、そんな大好きな「理科」と「順位」とが

結びつかなかったようです。

 

思い起こせばわたしの学生時代こそ偏差値教育の真っ只中で、

偏差値のポイントひとつに一喜一憂させられていました。

それから20年以上経ったいまでさえ、「ゆとり」の教育というものが

強調される反面、競争社会は続いているんですね。

・・久しぶりに考えこみました。

 

うーん・・。

 

あらためて大人が決める「上下・前後」の概念について考えさせられます。

大人がよく使う言葉の中に「前向きに・・」というのがありますよね。

でも、はたしてそれは本当に「前」なのでしょうか。

時には立ち止まったり、足踏みしたり。

アイドリングしながら悩んでみたり、うずくまってじーっと考えたり。

たとえそれが止まっているように見えたり

「後ろ」向きに進んでいるように見えても

長い人生のスパンで考えたら実はそれが本人にとっての

「前」だったりして・・。

 

そう考えると、大人が勝手に「こっちが前ですよ」なんて

決めてしまってもいいのかなぁ?なんて気もします。

子どもたちの「ありのままの姿」が何よりも大切にされる

世の中でありますように。」・・・と願うだけではなく、

大人として、新たに宿題をもらったような気がしています。

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コメント

 こんにちは。
 
 今の競争社会のあり方には、僕も疑問を覚えます。少なくとも、学歴社会のように、目指すべきものがひとつしかないような競争社会は変だと思います。それでは、その競争に負けた者には一生挽回のチャンスがないことになってしまう。

 世の中には、いろんな人がいて、いろんな才能があります。せめて、どの分野で、どんな形で競争するのかくらい、選ぶ余地があるべきですよね。

 ところで、息子さんは、疑問に思ったことを自宅で実験してしまうほど好奇心が強いのですね。なんだか将来大物になるような気がしますよ。ノーベル賞とっちゃったりとか。余計な競争につぶされずに、才能を伸ばせるといいですね。

投稿: 山村祐介 | 2006年5月27日 (土) 13時30分

山村さんこんにちは。

ほんとうに子どもたちが好きな事にのびのびと打ち込める社会だったらいいのにな。って思います。

うちの子、どんなひとになるんでしょうね。
この前は二酸化マンガンを持って帰り、色んな物をかけようとしています。(^_^;)
爆発しないことを願うばかりです。
なんだか「博士と助手」のコントみたいですね。
普段は動物とスヌーピーをこよなく愛する少年です。まだまだかわいいヤツです。

投稿: bird | 2006年5月27日 (土) 16時14分

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