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「いけんねぇ。」

 わたしは島根県で生まれ、高校を卒業するまで育ちました。

そしてこちらに住むようになってもう15年。

こちらの言葉にもすっかり慣れてきました。

 

 こちらの言葉は、ほぼ「広島弁(・・じゃけぇ。など)」です。

こちらに住む前に暮らしていた大阪弁もマスター(?)していたわたし。

こちらに来た当初はヒアリングが出来ずに苦労しました。

それにまつわる数々のエピソードも数知れず。。

でも、今ではすっかりこちらの言葉を話すことができるようになりました。

 

 こちらの言葉は何だかイントネーションがの~んびりしたイメージで、思わず

聴いていても「ホンワカ」します。

 

 もう故人ですが、数年前、親しくしていたおばあちゃんで、Aさんという方が

おられました。

そのAさんはかなり認知症が進んで、ほとんど言葉は話せませんが、いつも

いつも120%の笑顔を惜しみなく見せてくださる方でした。

 

 ある日、わたしはそのAさんの隣に座っていました。

会話のできないAさんですが、隣に座っているだけでAさんの放つやさしいオーラ

にいつも癒されるのでした。

その時、わたしはちょっと疲れた表情をしていました。多分、ちょっとした心配事が

あったのだと思います。

 

 そんなわたしの顔をのぞきこんでAさんは言いました。

 「 ・・ いけんねぇ。。 」

 

 ・・こちらの言葉で 「 かわいそうにねぇ。 」とか、「 お気の毒にねぇ。 」

という風に、相手に同情するときに使います。

 わたしは、そのAさんからのひとことで、まるでひたひたと潮が満ちるように

こころが満たされるのを感じました。

 

 そんな風に「 いけんねぇ。 」は、わたしにとってとても思い出深い言葉なのです。

 

 わが家では昨日から小6の息子が風邪で学校を休んでいます。

卒業式の練習にも出られないのでちょっと心配そうです。

インフルエンザもやっと治ったところへまた風邪をひいてしまってかなり

つらそうです。

 

思わずつぶやきます。

  「 ・・いけんねぇ。

         はよう、ようなってね。」

 

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コメント

birdさん、こんばんは。

私も妻の実家が広島なので広島弁は理解できます。
関西弁とは全く趣の違う言葉使いに最初は??でしたけど(^^ゞ

実家の義母も義祖母もやんわりとした口調なので、「いけんねぇ」という言葉もそんな感じで語られたのかなぁ~と想像します。

私も最近、職場の方が言われた言葉が、まるで自分の心を見透かされたかのように感じられて呆然としたことがあります。
何気なくいわれた言葉、しかも、特に大きな意味もない言葉が自分を包む瞬間、ゾクゾクっとなりました。
それだけ自分自身を追い詰めちゃってるのかなぁ~と反省しました(^_^;

投稿: すいんぐ | 2007年3月14日 (水) 23時47分

>すいんぐさん

こんにちは。いらっしゃいませ。^^
そうですね。ほんとうに「ゾクゾク・・!」とすることがしばしばです。そんなとき、わたしも「自分が過敏になっているだけ??」なんて思いましたが、やはり認知症の方だけではなく障がい者の方々には健常者にはない「研ぎ澄まされた」感覚があるのでは?と思うこともあります。
思わず自分自身を振り返る機会を与えられて
「ハッ!」とすることがしばしばのわたしです。

 奥さまは広島のご出身なんですね!
なぜか菅原文太・「仁義無き戦い」のイメージが強い広島弁ですが、ほんとうはの~んびりしたやさしい言語なんですよね。・・でも、やっぱり「広島弁・喧嘩バージョン」はコワイかも・・?? です。 (^^ゞ

投稿: bird | 2007年3月15日 (木) 11時07分

こんにちは、birdさん。ホント「いけんねぇ。」ですね。
またまた、風邪ですか...(^_^;)
卒業式には、大丈夫かな?早く良くなって下さいね!(*^_^*)なんだか、その一言..
すんなりと心の中に入ってきますね!
辛いときに、そんな言葉をぽつんと言われたら...押さえていた涙が、出てきそうですね..。お大事になさって下さいね。

投稿: すずまゆ | 2007年3月15日 (木) 15時04分

こんにちは。

犬や猫は、飼い主のささいな変化にも敏感に反応します。言葉を持たない彼らは、それに頼らずともコミュニケーションをとれる鋭敏な感覚を持っている。Aさんはそんな感覚を取り戻しているのではないでしょうか?

さらには言葉をうまく操れなくなってしまった認知症の方だからこそ、ハンデを押し切って発せられた言葉には重みがあるのかもしれません。心の底から伝えたいと思うからこそ言葉にできる。そんな風に思います。

言葉に頼り切っている我々には反省する点が多そうです。

投稿: 山村祐介 | 2007年3月15日 (木) 18時36分

>すずまゆさん

こんにちは。^^
トホホ。。また風邪です。
滅多に風邪をひかない子だったのですが、インフルエンザのダブル感染で体力がかなり落ちていたので、風邪にかかりやすくなっていたのかもしれません。(^_^;)
でも、おかげさまで今朝は熱も下がり、「小学校最後の給食を食べるんだ~。。」と、ふらふらと出かけていきました。

今度はわたしが「ゴホゴホ」状態です。
「いけんねぇ。。」です。
ヾ(。><)シ

投稿: bird | 2007年3月16日 (金) 10時59分

>山村さん

こんにちは。^^
「言葉に頼らなくてもコミュニケーションできる鋭敏な感覚」・・ほんとうに認知症や重度の障がい者の方の中にいると、こちらの息遣いすら読み取られておられるような・・そんなとても繊細なセンサーが働いているかのように感じます。
その方々と接するときには「ごまかし」は通用しない・・と痛感しました。
自分の本質について改めて考えさせられることがしばしばです。
 
Aさんの言葉のように「こころ」から発せられた言葉がストレートにわたしのこころに響いたのと同じように、こちらの「こころ」からの言葉・行為は通じるということも教わったような気がします。

投稿: bird | 2007年3月16日 (金) 11時13分

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